不動産

「自分の人生は誰も責任を取ってくれない」話

MATSUD0です。

いきなり厳しいタイトルですが、今回は人生訓と言いますか、生きていく上での思考について書いてみます。・・実はたまに書いているこういった思考方法や、未来はどうなっていくのか?といった話はアクセス数が伸びやすかったり。みたいなヨコシマな考えもあったりします。

「信じる」の反対語は何?

さて、本題です。

「信じる」の反対語は何でしょうか。ちなみに「信じない」ではないです。

それは「考える」ことだそうです。伝聞調なのは、どこかで読んだ本の中にこのフレーズがあって、そこが印象に残っていたからです。

なぜ考えることが信じることの反対語なのかと言うと、信じるのは思考停止だからです。「信じない」が反対後なのとやっぱり似ていますね‥笑。

誰かが何かを事を言ったとき、信じる

例えば・・昔の話ですが、こんなことがありました。

絶対だめ!iPhoneを電子レンジでチンして充電できるデマ拡大 – NAVER まとめ https://matome.naver.jp/odai/2135866120670195301

iPhoneを電子レンジでチンすると急速充電が出来る!といったでまTweetです。ちょっと考えれば明らかにデマだと分かりますが、これを真似してiPhoneを壊す人が出たらしいです。

こういった機械的な話に限らず、例えばカリスマインフルエンサー的な人が「●●すると良い」だとか、「××はダメ」とか、そういったTweetに反応して、「ああ、あの人がこう言っているんだから正しいはずだ」など、考えないで信じてしまう人が一定数います。

でも、考えることができる人というのは、仮にカリスマが「●●しろ」とか「××はダメ」と言っていても、「この人はこういうこと言ってる。でも他の人はこういうこと言ってる。私は私の経験からこういうことを考えているけど・・ということは、じゃあこういう風に行動したら良いのではないか」という風に、自分の頭を働かせることができます

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でも考える力のある人は、その行動に至ったプロセスが説明できるので、もしその選択がちょっと失敗していたら、方向転換をすることもできる訳です。

でも、信じることしかできない人というのは、調整するのは難しいです。もう信じちゃってる訳ですから。もうグングン突っ走るしかないですよね、信じる人は。
でも考えることができる人というのは、しっかりこういった方向の転換とかができるので、やっぱり考えられる力を持った方が良いですね。

「信じること」も良い事もあります。

もちろん全部が全部、考えるよりも、信じることが良いこともあります。
具体名は出しませんが、自分も、自分が目指している分野で圧倒的に成果現在進行形で出し続けている人は、割と盲目的に信じていたりします。
もちろん自分自身でも考えますが、「まぁ、あの人が言ってるんだから間違いないよな」という感じで、信じてしまうというよりも信じるようにしているといった方が正しいかもしれないです。「信じること」が一概に悪だというつもりは全くないですし、ここのポイントは凄く重要だと思います。

考える事しかできない人は世の中上手くいかない気がします。

逆に、現実世界でもネット界隈でも、ほんの一部、信じることが出来ずに考えることしかしない人もいます。「私は頭が良いから、ずっと何でも信じないで生きていく」という人です。ただ、冷静に、そういう人は色々損をしているなと思います。

「信じること」の重要さ

信じることが出来るというのは、すごく重要な力だと思います。「考える」というのは所詮は自分の脳みそで理解できる範囲の事しかできないんですよね‥。でも自分の脳みそで考えられることなんて、高々しれているというか、大きな飛躍みたいなものは無い気がします。自分をレベルアップさせたければ、やっぱりどこかに「信じる」というプロセスを入れないといけないと思います。

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信じると考えるのバランスが大事

信じることも成長していく上で大事ですが、ただただ信じ続けるだけではダメ…という事で、バランスが難しいところですが、相手に依存的であるかどうかというところのバランスの境目になってると思います。

「信じること」というのは本質的に依存的です。100%信じるということしかできない人は‥もうめちゃくちゃ依存的なんですね。誰かに「●●しろ」と言われて盲目的に信じて行動して、仮に失敗したら「あなたを信じて行動したら失敗したので責任をとってください」みないなことを言うという感じになってしまう。

「あなたを信じたんです」と言われたって「そんなこと言われても知ったこっちゃない」という感じですよね。自分の頭を働かせて考えろという感じなんですが、100%考えることができないとそういう他人に依存して責任も相手に求めるといった風になります。

一方で、考えることしかできない人は常に他人を疑ったり証拠を求めるといった傾向があります。あるいは「俺は自分の頭に自信があるから分かるが、あいつが言っている事は嘘だ」などと考える事しかできない人はいます。

やっぱり「信じる」か「考える」かの究極の選択というような、二者択一ではなく、どちらもしっかりとバランスを取った方が良いと思うので、自分は信じることもするし考えることもするようにしています。

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ちなみに…

たとえば…幽霊とか怨念のようなものは全く信じていないですが、運命を変えていく神様みたいなものはいる気がしています。

たまたま大企業のサラリーマンからこっちの世界(?)に来て色々やってきていますが、強い衝動があって自ら突き進んで来たというよりも流れに任せて流れ着いたというか、何かに導かれてここに来たというか‥。ちょっと宗教染みた感じになりそうなので割愛。

まとめ

何事もバランスといいますか、色々な物事について、あるいはその人の言ってることについて。「信じる」と「考える」というものをうまくバランスをとっていくってことは、より良く人生を生きていくためのポイントだと思います。

他人に対してあんまりに依存的になりすぎて、「●●が言っていることは100%すべて正しい」みたに思考停止で信じすぎるのは良くないですね。

影響力など皆無に等しいですが、例えば自分の不動産に関するブログ記事を参考にして何か行動して、失敗したって自分は何も責任は取れません。もちろん誰も騙そうとする気持ちは無いし、正しいと思う事を発信してきますが、そりゃあ行動して失敗することなど山の様にありますからね‥。

そもそも不動産投資に絶対的な正解などはありません。区分マンションで大きく収益性を上げている人もいればフルローンで程よい不動産を買い進めて毎月おおきなキャッシュフローを得ている人、再建築不可・築年数不詳に近い戸建をメインに買い進めている人もいます。どれが正解かなど人によって違いますし、考え方だって違うし、同じ結果になってもそれを成功とみなすか失敗とみなすか、さえ違います。

あなたの人生はあなたにしか責任がとれないし、自分はもちろん自分の人生を生きているんで、責任を負うことはもちろんできません。これがすごくフラットで当たり前の状態。

今回は「信じる」の反対語は?というフレーズを思い出したので、それになぞらえて書いてみました。

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ABOUT ME
matsud0
セレブな街を中心に活動する不動産屋、兼、不動産投資家、兼、Uber Eats配達員、兼、株式投資家、兼、ブロガー。元々は数千人規模のシステムエンジニア。不動産ネタをメインにお金に関する記事を書いています。